並んで、刻んで
ナゴ獄♀+開闢門+寂雷
オレンジ色の光がベランダに差し込み、早朝の澄んだ空気が肺を満たす。獄はひとつ伸びをしてから煙草をくわえ火をつけた。苦みとともにゆっくりと脳が覚醒する。ふと見た手すりの上に乗せた薬指に真新しい噛み跡二つ残っていて、獄はわずかの間、眼を閉じた。右手に握っていたジッポを意味もなく二度、三度と開閉させる。くゆらせた紫煙が微風に流され、獄の柔らかい髪も一緒にそよいだ。カチン、とやや強くジッポが閉じる音を最後に、獄は瞼をあげてタバコの火をもみ消した。
「よし、」
小さなつぶやきは誰にも聞き届けられないまま、風にさらわれる。
からからとガラス戸を引き獄が室内にもどる音とカーテンが動いたことでわずかに部屋が明るくなる。んぅ、と小さな声が広いベットからあがったのを見て獄はわずかに口角をあげた。
「ちょっと出てくる」
「はぁい、きをつけてくださいっす」
そう囁くと羽毛布団にくるまっていた十四がほにゃりと笑った。昨日もライブで遅かったためまだ眠たいのだろう。空却はもう一時間以上前に家を出ていて今はいない。今日も忙しくあちこちを飛び回っているに違いなかった。
獄は別室で身支度を整えると、最後に淡い色のリップをひいた。鏡の向こうの自分は口角を上げてみても、どこか緊張した面持ちだ。目元が少しカサついているのはきっと昨日アイクリームが流れてしまったせいだ。ふうとひとつ息を吐いてから、獄はカバンを手に立ち上がる。今日の服装には本当はハイヒールを合わせたい、が少し悩んで結局着心地のよいローファータイプのパンプスを選んだ。
「行ってくる」
静かな室内にそう告げて、獄はいつものように家を出た。
遡ること数ヶ月。
その日はもともと寂雷と開闢門が食事の約束をしていた日だった。たまたま獄の東都への出張が入ると聞いた開闢門がそのまま誘って約束を取り付けたことで、ちいさな同窓会のようになったのだ。
「よう」
「久しぶりだな」
「おつかれさま」
開闢門が予約した和食の店は掘りごたつの個室になっていて、落ち着いて食事がとれそうだ。
時間通りに三人がそろうと、すぐにお通しのひじきをつまみながら、開闢門と獄は珍しい地方の地酒を、寂雷は温かいお茶を手に近況の報告に花が咲いた。半年ほど会っていなくても、こうそろってみると以外にもくつろいだ雰囲気になる。上品な味の和食に舌つづみを打ちながら「俺たちも歳を取ったな」などと笑い合う。日々の忙しさを忘れてあのころにもどったような気持ちにすらなった。獄はつい勧められるがままに盃を進めてしまう。「飲み過ぎないように」という寂雷の医者らしい忠告にも、強気で返す。
「……わかってるよ。
お前は飲むなよ頼むから」
「違いないな」
「君たちがそう言うなら」
お酒は好きなんだけどと眉を下げる寂雷に、獄と開闢門は目を合わせて肩をすくめる。一滴でも酒が入った寂雷はそこらの酔っぱらいなどとは比べものにならないほどたちが悪い。そしてどんなに大暴れしてもそれを覚えていないのだから、本人はその悪癖をなおすことがない。実に困ったものだったが、寂雷の手にする飲み物に注意を払うことなど無意識でできるくらいには付き合いは長い。食事会は穏やかに進んでいった。
腹もくちくなり、酒がまわり、落ち着いたころに獄がぽつりとこぼした。
「俺は、おかしいんだと思う」
開闢門が煙草の灰を落としながらくつくつ笑った。
「なんだよ今更。おかしいついでに聞いてやるから言ってみろ」
ぽつり、ぽつりと獄は言葉を紡ぐ。
「俺はアイツらを好んで置いてるわけじゃないんだ。ただ成り行きでそうなって、そのあとなんだかんだとそのまま一緒にいて。ただそれだけなんだよ」
突然脈絡もなく始まった話も、獄が濁したアイツらという言葉もら開闢門と寂雷は正しく読み取った。この一、二年の獄の状況はうっすらとではあるが理解している。かつて依頼として獄が助けた二人のこどもたちは、もう立派に成人してそれぞれの道を歩んでいる。その一方で、きっとはじめはあこがれだった感情は形を変えて彼らの中で育った。こどものまま甘えるように同じ感情を求められた獄はなんだかんだと言いながらも、二人を拒みきれずにいるのだ。
くらくらとしてきた視界をなんとかしたくて机に突っ伏した獄の脳裏には、今まさにその二人、十四と空却の顔がよぎっていた。
「俺がちゃんとしなくちゃいけないんだ。それなのにあいつらときたら……」
「お前は甘いんだよ。なんせ身体も差し出しちゃってるくらいだもんなぁ。本当に献身的なことで」
意地悪く笑う開闢門に獄は僅かに顔を上げて、いーっと歯を見せて威嚇をする。
「好きでそんなことになったんじゃない。だいたい俺は許可なんてしてないし、」
「へえ。なら出るとこでてみろよ。本業だろうが」
うっと獄は言葉を詰まらせ、自分の髪をくしゃりとつかむ。
「いや、許されることじゃないがガキのやったことだし……。出るとこ、と言っても、そもそも表ざたになって社会的なダメージを負うのは俺なんだよ!」
ははんと鼻を鳴らした開闢門は机に肘をついて俯いた獄をのぞき込む。
「そんなこと言って、本当はお前が離れられなかったんだろう。無敗の弁護士センセ」
「……あまり意地悪な聞き方をしてはいけないよ」
苦笑を混ぜた寂雷のたしなめる声に開闢門ははいはいと素直に退いた。手酌で自分のグラスを満たし、少し迷ってから獄のグラスも満たした。二人の物言いが自身を馬鹿にしているように聞こえた獄は、ぶすっと頬を膨らませる。ちらりと見上げた開闢門の顔は到底数多の不良どもを更生させてきた人格者の顔ではなかった。無駄に顔がいいことにも腹が立つ。
「ちがう、俺はそんなんじゃない」
「よく言うぜ。なぁ寂雷」
話を振れば、寂雷は手にしていた箸を置いた。
「そうだね」
寂雷の同意の言葉は思ったよりも獄に深く突き刺さる。
「お前は、お前だけは俺の味方でいろよ!
ちゃんと大人として、正しいことを言えよ!」
「獄、私はずっと君の味方だ」
その声は言葉が本心であることを如実に示す。その独善的とも言える態度が獄は昔から気に入らなかった。
「あーもう、うるせぇ。俺はな青臭いことは忘れたんだよ。恋愛だとか、好きだとかなんだとか。
そもそもアイツらはガキなんだ。そんな対象でもないし、そもそも何にもわかっちゃいないんだ」
二人が転がり込んできたときなんだかんだと受け入れてしまったこと、十四の料理が意外にもおいしくて助かっていることも、空却が仕事のもやもやを吹っ飛ばすように笑ってくれると心が軽くなることも、獄の心を苛んでいた。
「クソ、いまこんな状況になったのは俺のせいじゃない。あいつらのせいだ!」
グラスの日本酒をのどに流し込む。アルコールが食道を焼くと、もう味なんて分からなくなってしまっていたが、いくらか落ち着けるような気がした。だんっとグラスを机に叩きつけてみても、現実は何も変わりはしない。寂雷は獄の手から酒の入ったグラスをそっと取り上げると、さらりと告げる。
「君は本当に嫌ならすぐに離れるだろう」
「んっ?」
はっと顔をあげると、アルコールのせいで視界がゆがんだ。
「今までだってそうだったじゃないか」
かつての恋愛事情を知る寂雷がいくつか具体的な例を並べる。高校の時、私になにか言っていた彼氏をずいぶんこっぴどく振って、相手に泣かれていただろう。大学生のときは、ある日彼氏と別れてきたからと、家にあった私物もプレゼントも何もかもを処分するのを手伝わされた。あのときはデートに着ていった服まで捨てると言い出して君を止めるのが大変だった。おそろしいまでの記憶力と青春を懐かしむやわらかな声で語られるのは
獄にとって忘れたい過去たちだ。無遠慮にほじくり返されるのも本当に嫌だったが、なにより興味深そうに相槌をうつ開闢門が憎らしくてたまらなかった。
「君はずっと嫌なものは嫌だと意思も行動もはっきりとしていて、私はその裏表のなさをすごいなと思っていたんだ」
「やめろ!」
「君が今彼らと一緒にいることを選んでいることが、きっと答えだ。
私は、君に幸せになってほしいんだよ」
「~~~~~~~っ!」
声にならない叫び声をあげた獄は、再び突っ伏す。反論してやらなくては、と思うのに言葉がまとまらない。猛烈に悔しかった。程なくして僅かに鼻を啜る音だけが聞こえてきた。
「はははっ、ヒデェやつだなぁお前の親友は」
開闢門が笑って獄の頭を雑にかきまわすようにして撫でた。ううぅやめろぉと力ないうめき声だけが返ってくる。寂雷は獄の様子におどろいたのか、目を丸くしていた。
「私は何か間違っていたかな」
「間違っちゃいないけど、まぁトドメはさしたな」
はぁ笑った、と呟いた開闢門は最後にぽんぽんと獄の髪を整えてやった。
「反論しないってことは、心当たりがあるんだな」
獄は開闢門の手の甲を思い切り抓った。
「痛って、コイツ!」
「二人とも飲みすぎだよ」
その夜、獄は記憶のないままひとりホテルへ放り込まれ、翌朝は一人で頭痛に頭を抱えることになったのだった。
そんな数ヶ月前のことを思い出しながら、獄はひとり東都へと出向いていた。いつ来てもごみごみと人の多い街だったが、今の獄にはちょうどよかった。前回の東都訪問は久しぶりに馬鹿みたいに笑って話をしたところまでは良かったが、酔った勢いで余分なことまで話してしまったことが悔やまれる。最終的にそれはよかったのかもしれないとほんの少し思わなくもない。あの飲み会の翌日、獄は二日酔いで頭痛の残る頭でこの場所に来ていた。それはそれは悩みながら、半ばヤケクソに、半ば真剣に。
ギンザの街をショーウィンドウをのぞきながらのんびり歩くと、新作の衣服や小物たちがきらきらと目線を誘う。いつもならそれを吟味するのだが、今日は目的があるためかわいいバッグもモードなワンピースも眺めるだけだ。
獄は前回も訪れたジュエリーショップの前で足を止める。長身のドアマンの青年がにこやかに迎えてくれる。ひとつ息を吐いてからひときわきらびやかな店内へと足を踏み出した。
「いらっしゃいませ」
髪に一筋の乱れもない店員が丁寧に出迎えてくれる。
「受け取りに」
短く告げて控えを渡せば、店奥のこじんまりとしたテーブルセットへと案内された。熱い紅茶を受け取り、横目で店内を見回す。客らしい人は年配の女性がひとり、カップルらしい若者たちが一組。きらきらと光るジュエリーが並ぶショーケースを前に和やかに接客が続いている。ジュエリーの品質はもちろん、丁寧な接客が売りの店なのだ。前回訪れた時も実感したなと思い返す。悩みながら一つ一つ条件を口にしていって、きっと無茶も伝えただろうが、店員は獄のどんな言葉にも否定を示さなかった。プロのなせる技だ。獄が迷って言葉に詰まった際も慌てず、少し雰囲気の異なる話題を出してみたり、落ち着いて待ってみたり、とにかくこちらの言葉を遮ったりはしなかった。きっとそのおかげで獄も胸のうちにあったものを伝えられたのだと思う。
「家族にとって、記念になるものを」
「華美な装飾も、いろんな意味を持つ石もいらない。これからいつでも身につけられる、シンプルなデザインがいい」
次々と提示される目の前の綺麗なアクセサリーたちを眺めては、手に取って、それがある生活を想像した。ずいぶんかかってようやっと候補が絞れたあと、説明された刻印に関する言葉に獄はゆっくりと首を横に振った。
「名前は、いらない。と思う」
獄の言葉のほんのわずかな機微を店員は見逃さなかった。それならばイニシャル、誕生日、象徴するモチーフなどはどうかと簡易的な図案を示す。獄はそれらも迷ったあと、やはり違うと首を横に振った。かたちに残るものだ。きっと獄は棺桶にまでこれを持ってゆく。そこに彼らの名前を残す勇気はでなかった。
「迷われるようでしたら、ぜひ一度おうちで考えてみてください。期日まででしたら変更をできるようにしておきますね。
お客様にとって大切な贈り物ですから、悔いのないようになさってください」
やわらかな声に獄は喉を詰まらせる。寂雷の言葉も開闢門の言葉もはねのけようとしていた最後の心のつかえが、ふっと取れた気がした。獄はただひとつ頷いて礼を伝え、その日は店を出た。
が、結局ナゴヤにもどってから程なくして獄は店に電話をかけていた。
「名前を、三人分お願いします」
店員はどこか嬉しそうに承ったと伝えてくれた。
「お待たせいたしました」
紅茶が半分なくなったころ、獄の目の前に箱が差し出された。紺色のケースを開いて見せられた中身は、想像通りの三つのシンプルな銀色の指輪だった。促されるまま、獄は一番小さな輪をそっとつまみあげる。プラチナ製のため見た目より少し重たく、幅は細くも太くもないちょうど良さ、複雑なカットや装飾はないが素材がよい。僅かに傾けると、内側の刻印が読み取れた。そこに並ぶ、獄、十四、空却の名前。きっと何年経っても、消えない名前。
獄が指にはめてみると、ひんやりした指輪の内側は僅かになめらかなカーブを描いているため肌へのあたりがよくつけ心地がよかった。サイズが合うことを確認して、獄はそれをすぐに外す。受け取った店員が丁寧に拭きあげてから箱に戻してくれた。
「これで大丈夫だ。いいものをありがとう」
「お気に召していただけて何よりです。お箱は三つにお分けしますか?」
「いや、そのままでいい」
獄はほんの少し笑った。
「全部そろっていることに意味があると思うんだ」
「さようでございますね。かしこまりました」
店の外まで見送ってくれた店員に会釈して、獄は軽いのに重たい紙袋をさげて踵を返した。
すぐに帰ってもよかったが、僅かに帰途へ向かう足が重い。結局獄がナゴヤに戻ったのは、夜になってからだった。部屋のドアを開けて、言いなれた「ただいま」を口にすればバタバタという足音ともに十四が飛んできた。
「獄さん……!
遅かったすね、心配してたんすよ!」
夕食を作ってくれていたのだろう。長身に黒いエプロン姿も様になっている。そのままぎゅっと抱きしめられて、温かな匂いとともに腕のなかに閉じ込められる。
「心配することないだろ、連絡もしたんだから」
「そんなことないっす。空却さんなんか、そろそろ迎えに行くって聞かなかったんすよ!」
「迎えって、ガキじゃあるまいし……」
「獄さんは女の子なんすから、夜道は危ないんすよ!」
「はいはい」
無理やり腕から抜け出して歩き始めれば、十四は離れまいと獄の後ろから抱きついた。おぶさりおばけのようになった十四を連れ、リビングに向かう。道中、騒ぎに気づいたらしい空却も洗面所からひょいと顔を覗かせた。シャワーを浴びた後なのか、髪が濡れている。
「遅かったじゃねぇか」
「だから遅くねぇよ」
「……あんま心配かけんなよ」
険しい表情とは裏腹に、声音は優しい。獄は風邪引くぞとひらりと手を振り、リビングのソファへと腰を落ち着けた。背中にいた十四はそのままするりと隣に座る。空却もすぐに就寝用の作務衣姿でテーブルを挟んだ向かいにどかりと座った。
「それでこんな時間まで何してたんだよ」
ソファの上であぐらをかいた空却がじとりと獄を睨んだ。
「別に、ただの買い物だよ」
「ふぅん」
「空却さん、本当に心配してたんすよ。もちろん自分も。
朝はちょっとそこまでって感じだったのに、夕方連絡したら東都にいるって、びっくりしたっす。言ってくれればよかったのに」
「ちょっといろいろあったんだよ」
「そんで土産は?」
「心配してたやつのセリフかよ」
「るせー」
「あははっ、でもよかったっす!
……あっ!」
明るい笑い声をあげていた十四が突然立ち上がった。
「どうした?」
「わあぁ!」
ぱたぱたとキッチンに走った十四はそのまま悲鳴をあげた。様子を見に立ち上がった空却に続いて、獄もキッチンをのぞく。そこでは十四が鍋の前でうなだれていた。
「火、つけたの忘れてて、焦げちゃったっす……」
鍋の中はシチューと思しきものが煮立っていた。おたまでかき回したのだろう、鍋底で焦げ付いていた野菜が混ざり、白かったはずのシチューはマーブル模様になっている。
「なんだ、家事とかじゃなかったんならいいだろ」
獄はほっと肩の力を抜いた。でもぉと情けない声をあげた十四をおしのけ、空却がおたまを取ってシチューを味見した。
「悪かねぇぞ」
ぺろりと口の端をなめた空却が笑う。そのまま獄にもおたまを差し出した。獄は促されるまま、まだら模様のシチューをそっと口にした。やさしげなミルクの風味の奥に、焦げの香ばしさある。タマネギの風味か、意外にも焦げはコクとなって案外悪くはない。ブラウンシチューともまた違う味だった。
「本当だ悪くないな」
「ほんとっすか?
気を使わなくていいんすよ……」
十四は訝しげな声をあげておそるおそる一口食べ、首を傾げ、ぱくりともう一口口に運んだ。
「おいしいっす……!」
涙の膜が張っていた瞳がぱちぱちと瞬いて、長いまつ毛がきらきらと光った。その顔に空却も獄も思わず笑い声をあげた。
「まさしく怪我の功名ってな」
「まったくだな」
ひとしきり笑いあって、そのまま夕食となった。トマトとチーズの入ったサラダに、やや厚切りのバゲット、薄茶色のシチュー。空却も獄も、いつもより少し量を多く食べたからか、十四も元気を取り戻した。
食後のコーヒーは獄が入れて、それぞれがカップを片手に落ち着いた時だった。
「なぁ、二人に渡したいものあるんだ」
獄は今日わざわざ東都まで出向いた例の箱を机に置いた。紙袋の店名でアパレルに明るい十四が目を輝かせる。
「わ、これジュエリーの有名店っすよね!
新しいアクセサリーを買ってきたんすね。そういえば獄さん、今度の新作がかわいいって」
「いや、獄が渡したいつってんだ。拙僧らのなんかだろ」
「えっ、もしかしてピアスっすか?」
「こんな小洒落れた店のもんで、拙僧がつけるもんがあるか?
まぁ獄がくれるってんならもらってやるけどよ」
素直に目を輝かせる十四と、天邪鬼な空却を見て、獄は目元を和ませる。薄水色ののリボンをほどき箱に手をかけてから、最後ほんの少しだけ迷った。だが、それでも静かに箱を開ける。
ショップほどでなくても、リビングの温かな照明を跳ね返して輝く指輪が三つ、整然と並んでいた。騒いでいた二人の声がぴたりと止まる。獄は極力何でもない風を装うために、腹の底へ力を込めた。
「お前らにやるよ」
獄はまず一番大きな指輪をとって、空却の前にかざす。
「お前でもつけられるように、シンプルで細すぎないデザインにしたんだ」
目を見開いている空却の手を取って、無理やりそれを握らせる。
「……おう」
次に中くらいのサイズの指輪をとり、十四に見せた。
「お前がずっと言ってただろ。『三人で身につけられるものが欲しい』って。コレなら、まぁ全員つけたってファッションリングと変わりゃしねぇよ」
「獄さん……」
先ほどまでとは違う理由で目を潤ませている十四の手にも、その指輪を乗せる。
「いいか、これはいらないなら捨てていい。売っていい。俺はこの指輪がお前たちの未来を縛る鎖にだけはなってほしくない。
深い意味なんてない。ただこれは、家族の絆として……」
「獄」
「獄さん」
説明を遮るように二人が揃って真剣な声を出した。そしてそのまま畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
「意味がないなんて、悲しいこと言わないで欲しいっす」
「わざわざこんなの彫り込んどいて、いらなきゃ捨てろはねぇだろ」
空却は目ざとくも、指輪の内側の刻印に気がついていた。
「そうっすよ!
これ、自分は一生大事にして、ずっとつけるっす」
「そういうこった。だから、お前も」
二人の手が箱に残った最後の一つを取り上げ、獄の左手を持ち上げる。緊張でかたく拳を作っていた獄の手の甲を十四がそっと撫でた。震えながら力が抜ける。伸ばされた指輪に二人の手が指輪をはめた。一番小さな輪は引っかることもなく、獄の左手の薬指の上で輝く。今朝見た赤い跡はすっかりと隠れてしまった。
「……いいのか」
「いい」
絞り出すような獄の声に間髪入れずに答えたのは空却だ。人外じみた強い金色の瞳が獄をとらえて離さない。横から、ねぇと小さく注意を引いてから十四が続ける。
「自分、すごく嬉しいっす。本当に。ものすごく!」
「悪くねぇよ、こういうのも」
本当に、心から嬉しいとその声が、瞳が、朱の差した頬が、握られた手の温度が、染み入るように伝わってくる。獄の肩からふっと力が抜けた。
「そうか……」
いいと言ってくれるのなら。いつか終わりが来るとしても、せめて今の間だけでも、覚悟を決めて向き合っていきたいと、獄が決めたのだ。
「ありがとな」
やっと、ここから三人が家族となるのだ。