2022年ナゴ獄webアンソロ『今夜、何して過ごす?』提出作品


 豪華にも各地の有力チームを一同に集めたイベントが開催されたのはある夏の日だった。主催は新しくリゾート開発した一帯を宣伝すべく、随分と思い切った金の使い方をしたらしい。東都からもオオサカからもナゴヤからも見知った面子が集い、まさにお祭り騒ぎである。中王区からは程よく離れているため厳しい締め付けはなく、程よく近いため客足は伸びる。次の休みには多くの人がつめかけるだろう。思惑が的中した主催はさぞ喜んでいるに違いなかった。
 そんな祭りの余韻を引きずったまま、ナゴヤの面々は宿で身体を休めようとしていた。彼らにあてがわれたのは和モダンなテイストの温泉宿だった。初め空却と十四にはやや不評であったが、獄はその非日常感を気に入っていた。空却も何だかんだと畳は落ち着くようであったし、十四は「修学旅行みたいっすね」などと丈の足りない浴衣をはためかせて満更でもない様子だった。
 ナゴヤの料理に慣れた舌にはやや物足りない味付けかと感じたのははじめだけで、十分豪勢な夕食をとりそれぞれが一息ついた頃だった。長い脚を投げ出すようにしてテレビを眺めていた十四が銘菓をつまむ手を止めて二人を振り返った。
「せっかくなんでもう一回温泉入りたいっす」
「いいぜ」
 二つ折りの座布団を枕にしていた空却がひょいっと起き上がる。視線を感じて獄は読んでいた本から顔を上げないままひらりと片手を振ってみせた。
「俺はいいからお前らだけで行ってこい」
 とたん不満げな声があがる。
「せっかくの温泉っすよ? 行きましょうよ」
「シャキシャキ動けるうちに動いとかねえとオッサンって呼ばれんぞ」
「そりゃお前らからみたら俺は大人だろうよ。酒もタバコも我慢してお前らと同部屋に甘んじてるんだから、ちったぁゆっくりさせてくれ」
 窓辺に置かれた籐椅子へ深く腰を落ち着けた獄はもう一度手を振った。が、その手をがっしりとつかむ手が一つ。
「疲れてんなら温泉で癒やさねぇとな」
 いつの間に寄ってきたのか空却が歯を見せて笑う。
「そうっすね!」
 何度も頷く十四は獄の手から本を取り上げ低いガラスの机へ置くと、空却とは反対の手を取った。
「おい、お前らな」
 両脇から成長期で体力を持て余す若人二人に挟まれては抵抗できるものではない。獄は半ば引きずられるようにして、その日二度目の大浴場へ足を運ぶことになったのだった。

 結果として、若人二人は大きな風呂を飽きることなくしっかりと楽しみ、獄は獄でサウナに入るなどして存分に温泉を満喫した。浴後にねだる二つの声に押されて、三人で懐かしい瓶の牛乳などを並んであおる。
「はあ、楽しいっすね」
 紙の蓋ごとイチゴ牛乳へ浸した指をぺろりとなめて、十四が満足げに呟く。
「三人寄れば退屈なんてしようもねぇよな。さて、もうひと暴れすんぞ」
 フルーツ牛乳を一気に飲み干した空却は瓶を返しに行くついでに次の遊び場を見つけてきたらしい。卓球のラケットを掲げて素振りをしてみせる。
「行って来い行って来い」
 ビールの自販機から目をそらし、獄は手を振る。だが、このあとどうなるかは流石に三人とももう予想がついていた。

 卓球、ビリヤード、ダーツと遊戯室で遊んだあと、部屋でトランプに興じ、勝ったり負けたり泣いたり笑ったりそれはもう大忙しで、気づけば時計の短針が文字盤の真上をとっくに過ぎている。同じ数字のペアを作ることが難しくなってきた十四は、抱えた枕に顎をのせたまま取り落としたカードを一枚ずつ拾っていた。
「うぅ、まだ……、寝たくないっす」
 そう言いながらも長いまつげに縁取られたまぶたは今にも閉じようとしている。
「まだまだ夜はこれからだろ十四」
 空却はまだまだ元気でその瞳は爛々と輝いていた。現在のところ、ババ抜きでは負けなしである。
「おーい十四。起きるか寝るかどっちかにしろ」
 彼はぐらぐらと不安定な頭を軽く小突いたが、うぅとかやめてくださいっすと言っているらしいなにかが返ってくるだけであった。見かねた獄が布団を指して寝ろと促してみても、イヤイヤと首を振るばかり。
「明日起きられねえと置いてくぞ」
 脅してみても効果はなく、ぱちぱちと自分の頬を叩いて唸る。
「自分、獄さんの隣じゃないと寝ないっす」
「……はぁ」
 なんでそうなるという言葉を飲み込んだのは賢明な判断だっただろう。獄は突拍子もないことを言い出す人間の相手には慣れていた。
「それいいな、布団くっつけるか」
 獄が十四への対処へ頭を使っている隙に、空却はせっかく綺麗に敷かれていた布団を引きずり、ぴったりと三枚を寄せる。
「拙僧も獄の隣に寝てやるから心配すんな」
「やめろそれはつまり俺が真ん中ってことだろ」
「嬉しいだろ?」
「嬉しいっす!」
 ふにゃりと破顔した十四の頭を乱暴にかき混ぜ、空却は鼻高々である。獄は転がっていたアマンダを十四の膝へ戻し、空却へ長い指を突きつける。
「俺には嫌いなモンが二つある。一つ、いびきがうるさい奴。二つ、寝相が悪い奴だ。
 睡眠を邪魔されるのはゴメンだからな」
 だから布団を離せと言う前に、十四の上半身が大きく傾き獄の膝へ収まった。その状況でふふ、と息を吐き獄を見上げる。
「大丈夫っす。自分、寝相いいっすよぉ」
「いやそういう問題じゃ……」
「おし、決まりだ寝るぞ!
 ちなみに拙僧は寝相が悪いが許せよ」
「俺の話聞いてたか?」
 一足先に右端の布団へ転がった空却はさっさと布団をかぶる。
「十四、とりあえず布団へいけ」
「ねないっすよぉ」
 十四は獄の腹へ顔を埋めるとそう言うが、眠気と含み笑いで聞き取るのも難しい上ふわふわとした髪も相まってこそばゆい。
「あぁクソ。わかった俺が真ん中でいいから。ったくもうほらお前身体ばっかりデカくなって……。空却、笑ってないで手伝え!」
 くすくす、からからと笑い声がおこる。まったくいつものナゴヤなのだった。
 どうにか布団へ押し込まれた十四は本当に目を閉じるのが惜しくてならない。まだまだ起きていたいというのは本音だった。
「だって、せっかくの。お泊まりなの、に」
 もう声を出したのかどうか自分でもわからなかったが、滲んだ視界の向こうに獄がいて、崩した髪をかきあげてから十四の頭をぽんぽんとたたいた。それだけで急激に襲いくる睡魔に抗う術を失うほど彼は幸せなのである。獄の向こうで空却も笑っているような気がする。それもなんだかほっとするのだ。満たされているはずなのに、それでもやはりもったいないと思ってしまう。隣にいるのに、隣にいるから、もっと……などと言えるわけもなく。
「おやすみ」
 かけられた言葉に明日も獄が隣にいるのだろうと思うとくすぐったくてたまらない。
「おや、すみな、っ……す」
 遠足の前日より、クリスマスの前日よりもっと朝が待ち遠しいまま、十四は意識を手放したのだった。

 眠りについてから暫く、寝苦しさを覚えた獄はふと夜中に目を覚ました。目を開けると寝付けなくなりそうなのでまぶたの裏を眺めていた。右の腕が重たくて動かない。見ていないが、どうも布団ごと抱きまくらのように抱えられているらしかった。自己申告は当てにならないなと心のなかでこぼす。たが、寝苦しさの原因はそれただけでもないようなのである。左側からはなんとなく視線を感じている。ただ、きっと空却も眠っているはずでそれは気のせいなのかもしれなかった。目を開けて確かめるべきか否か。獄は微睡みから抜けきらない頭で考える。そんなときだった。
 するり、と左の手の甲をだれかがゆるく撫でた。誰かと言われるとそこに眠っているのは空却しかいないはずなので、きっと空却なのだろうが。だが、普段の空却からは想像ができないほど繊細な触れ方だった。きっと気のせいだ、寝てしまえと理性が喚く。
 するり。もう一度さっきよりもずっと優しく指が這う。反射的に強張った身体を気遣うように、もう一度触れてから温もりが離れる。
「起こしちまったか」
 囁くような声に潜む甘さに獄は思わず己の左側を見た。月に照らされて金色の瞳を揺らめかせる空却はどこかこの世のものとは思えない風貌だった。その瞳がとろけて弧を描く。
「おやすみ」
 凪いだ声に獄のまぶたは重たくなる。一つ瞬きをすると、見覚えのある無邪気な寝顔がそこにあった。
「夢か……」
 獄は長く息を吐いて己の意思でまぶたを閉じる。明日はナゴヤに帰らなくてはならない。いつもの日常へ戻らなくてはいけないのだ。今度こそ獄は目覚ましが鳴るまで目を覚ますことはなかった。